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がんばらなくても幸せになれる

がんばらずに幸せになれるノウハウをシェアします

中級馬場 まろ君と リラックスした速歩に成功の巻

まろ君と中級馬場に参加。

リラックスした状態でのハミ受けをした速歩に挑戦。

まずは首を伸ばして背中を伸ばした常歩をする。しっかりと後肢を踏み込んだ常歩がしたい。

脚を使えば耳を伏せる。脚の反応はまあまあだが、私の理想の常歩ではない。いつか耳を伏せないしっかりとした常歩をしてみたい。

最近のまろ君はハミから逃げようとする傾向にあるため、常歩で首と背中を伸ばしてのハミ受けから試みる。

まろ君がハミを受けてくれる時は、ハミに乗ってくる瞬間がある。拳の柔らかさと後肢の踏み込みがあえば、みずからハミに乗ってきてくれるような気がする。なかなかその状態にもっていけない時は、隅角を利用する。

隅角で外方手綱が緩まないようにして、内方脚を使い内方姿勢をとらせる。

何回か試したらそのうちの1回で顎を譲ってくれる。顎を譲ってくれたら、拳を少し緩めてまっすぐに戻して脚で推進する。ハミに柔らかい重さが生まれたら正解。

柔らかい重さでハミを受けてくれたら基本的にはそのままでよいのだが、推進力が不足すると速歩発進で止まったり、速歩発進で首をあげてしまったりするので、常歩でしっかりと踏み込ませておくようにする。推進の脚を使いながら、手首の柔らかさを注意する。

常歩で良い感じで踏み込みハミにのってきたときは、速歩発進も継続も顎を譲りリラックスした状態になる。

今日は先生から見たら馬場馬術的にはもう少し首をあげないといけなかったらしいが、まろ君と私はとてもリラックスできたと思う。

今後の課題としては、自分の基本姿勢の完成度を上げる事、まろ君にとって最高に優しい扶助が出せるようになることだ。

その為に、自分の姿勢の乱れや力みに気づき、まろ君の反応に敏感になる事が大事だ。

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乗馬日和、快晴。

 

常歩レッスン まろ君と 人馬ともにリラックスできるかを課題に取り組むの巻

本日も毎週恒例の常歩レッスンにまろ君と参加。

私の乗馬の理想である”人馬ともにリラックスして心地よい乗馬”を目指す。

その為の実践的方法として、自分の意識を一点に集中させるのではなく、まろ君・自分・周囲に意識を分散させる。広い円の中全てに広範囲に意識を分散させるイメージで取り組む。視野を高く広くもっていくのがポイントだ。

まずは自分をチェックする

  • 体がゴムのようにしなやかで、完全なバランスで騎乗しているか
  • 肩を上げ肩甲骨を引き寄せ、吐く息とともに下ろす。
  • 腿上げをして、脚の付け根を完全に鞍から離して内腿の筋肉を柔らかい状態でそっと馬体に添える。腿上げをした瞬間の腹筋の負荷のかかり方を維持して騎乗すること。
  • 鐙に立ってみる。すぐに鐙にたてる位置と鐙を踏む角度でなければならない。鐙に立ち鐙が動かない位置と角度を見つける。もしも鐙が動くなら斜め下に踏み下げてみるとよい。鐙を踏む指がパーになっていること。鐙を踏んでいる感覚があるように。

鐙を正しく踏むことは土台と同じ。

体幹をまっすぐにたてるのは幹がしっかりしていることと同じ。

以上のチェックをしてみる。一度脚を使えば、すぐに内腿は硬くなり膝で馬体をはさみ、鐙をしっかり踏めず鞍に10割の体重を乗せて馬の背を圧迫してしまっている。

鐙を正しく踏み続ける難しさを痛感した。

拳も硬く、高さも拳の角度も一定ではない。急に強く握ったり、引っ張ったりしている。

まろ君の状態を感じる

片方の拳の小指から人差し指まで順番に優しく握り、目の膨らみが見えるぐらいに向けてみる。その際のまろ君の反応を感じてみる。ハミを怖がらないようにそっとすること。ハミを噛むような動きをしてくれたらよい。首をあげて抵抗を見せるようなら、一度まっすぐに向けてしっかり前に出して、再挑戦してみる。

今日のまろ君は今ひとつ前進騎勢がなかった。というか、私が上手に脚を使えないのだ。脚を使ったら耳を伏せるだけで、あまり前進騎勢が出なかった。

前進騎勢がない状態でハミを触ったら当然ハミに抵抗をする。

前回ならまっすぐに前に出したときに、ハミにいい感じの重みが出た。その重みがハミ受けのきっかけになった。今日は前進騎勢がなくハミ受けのきっかけになる重みも来なかったので、隅角で外方を張りながら内方姿勢を何回かとった。この際、手綱を短くせずに長手綱で取り組む。何回か隅角を回った時、まろ君が顎を譲ってくれた。

顎を譲った瞬間にハミが軽くなるので、脚で前に出し重みをだし、手綱が長ければ余った分だけ短くもつ。

そんな感じでそこそこうまくいったが、レッスン終盤でまろ君が隅角をショートカットした。隅角深くまわりたかったが、できなかった。もっと後肢を踏み込んだバランスにしないといけなかったのかもしれない。

後肢をもっと踏み込ませるだけの、正しい鐙の踏み方ができていなかったのだろう。

脚を使った時に、すぐに内腿が固くなり、体重の全てを鞍にかけてしまうし、鐙を全然踏めなくなってしまう。拳も能動的にきつく握ったり、引っ張ったりしてしまっている。

やはり基本姿勢がものすごく大事だってことだ。

今日は自分の体の動きを客観的に捉えることができたし、まろ君の気持ちも前回よりは汲み取ってあげられるようになれてよかった。

もっともっとまろ君が快適と思える状態にしてあげたい。人馬ともにリラックスした幸せな騎乗を目指して、自分の意識を磨き、身体能力も向上させていきたい。

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自分の本当に好きなことや得意なことは経験してみないとわからないのだ

学生時代、就職先を探すにあたりどうしたらいいかさっぱり分からなかった。

それまでの人生で働くということを全く考えたことがなかったから、急に就職先を探すと言っても、自分に何がやれそうか、何に向いているのかも分からなかった。

やりたいことはあったけど、どんな職業に該当するかわからないし、どんな会社を探せばいいかも、探し方も分からないという分からないことづくしだった。

結果、求人誌で見つけた会社に何となく就職した。

大学の学生課では、自分をよく知ることが就活では大事と教えられたが、大学生の私は人生経験が乏しく、自分の本当に好きなことや得意なことをどんなに考えても分からなかった。

あれから随分と時間が経って、やっと自分の好きなことや得意なことが分かってきた。

なぜ好きなことや得意なことを見つけられたかというと、興味があることをとりあえずやってみることにしたからだ。

自分の得意なことややりたい事は頭で考えているだけでは絶対に分からないということが分かった。

経験の中で心踊る瞬間を発見する。その瞬間に自分の好きなことが分かる。

やってみて、意外とうまくできた時に自分の得意なことがわかる。

そんな風にして経験の中で見つけた答えが自分の真実の姿なんだろう。

自分の好きなこと得意なことを見つけた今、幼少期にその原点があるように思う。

私は小さな時から動物が好きだったし、祖母と暴れん坊将軍のオープニングを見て「馬に乗りたい」って思っていたし、作文を書くのが得意だった。

そんな原点が今の私に繋がっている。

一生懸命に考えているだけの時は全く思いつかなかったけれど、体験の中から見つけた答えは過去の原点を思い起こさせてくれた。

誰の中にも得意なものや好きなものの種は必ず埋まっている。

興味があるものをかたっぱしから経験してみることで、自分の中の答えを見つけられるはずだ。

今からすぐにとりかかろう。

やってみたいことをやってみよう。

きっとやりたい事や得意な事を見つけられるはず。

おもしろい自分の時間を生きよう。

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馬はゆかいな友達 馬とたくさんお話ししよう まろ君との会話 初秋の洗い場編 

馬は生涯の友達

馬はゆかいな友達

馬といろんなお話をして、馬と心を通わせることこそ・確かな信頼関係の上に馬と友達になることこそが乗馬の本当の醍醐味だ。

騎乗しているときのまろ君の気持ちはまだ十分に汲み取ってやれていないが、洗い場でのまろ君の気持ちはよくわかる。

ぼーっとしたり、外の景色を眺めたり、何か考えている。首と背中は触られるのが痛いから嫌、ブラシは優しく軽くゆっくりかけるのがお好み。できるだけ早く手入れをして、厩舎に帰っておやつをもらいたいらしい。

いつも洗い場でまろ君とお話をしている。

「まろ君、やっと涼しくなったなぁ。今年の夏はめちゃめちゃ暑かっよな。よくあんな暑さの中で、毎日お仕事頑張ったよな。ほんまに偉かったなぁ」

まろ君せやねん、めっちゃ暑かったからしんどかったわ。どこにいても暑かったけど、屋根のない馬場はもう耐えられへん暑さやったわ。ほんまにしんどかった。」

「うん、わかるよ。人間はクーラーのある部屋で涼めるけど、まろ君とか他の仔たちはずっと暑いところで過ごさなあかん上に、灼熱の馬場で仕事せなあかんかったよな。馬場から帰ってきたときに冷却してくれたらいいけど、そのままやったしな。せめてお仕事の時間を短縮とかして欲しかったよな。私はあんなに暑いときにまろ君や他の仔たちをしんどい目に合わせたくなかったから、騎乗せーへんかったで。また涼しくなったら乗ったらいいし。夏はあさイチか夕方、それも時間短縮で今年の夏は騎乗することにしたもん。晴耕雨読って考え方がある様に、暑いときは無理をせず、読書して知識を蓄えたらいいと思うわ。」

まろ君「そう考えてくれるとありがたいわ。ほんまに今年の夏はしんどかったもん。おじいちゃんも仕事してはったけど、本当にしんどそうやったで。」

「まさに異常気象やよな。そうさせたのも便利な生活を享受している私たち人間やねん。ごめんな。自分の欲望を最大化させる生き方は如何なものかと、最近の日本国中の災害や異常気象をニュースで見るにつけ、あの暑さを思い出すにつけ、感じるわ。人間にとって快適な世界を追い求めた結果、動物たちがすこぶる生きにくい世界を人間が作ってしまったな。他を搾取して己の利益を優先させる様な生き方は本当にあかんな。人間も他の動物も住みやすい世界にしていくためには、自分自身の生き方を見直さなあかんなと思った夏やったわ。」

まろ君「せめて朝夕だけでも気温が下がってくれたら、疲れが取れるんやけど、朝夕の気温は全然下がらへんかったわ。ずっとサウナの中みたいなベターッとまとわりつく様な暑さやったわ。」

「うんうん。今年の夏は暑すぎて、何度も自分に負けそうになったわ。まろ君の手入れをしんどいと少しでも思ってしまっている自分の弱さが悔しかったわ。自分の弱さを思い知ったわ。まろ君の蹄も一気に悪くなって心配やったわ。」

まろ君「せやな」

「馬と関わる全ての人が騎乗する馬に対しての責任があるよな。自分だけが楽しければいいってもんじゃないと私は思ってる。馬の体・蹄のケアにも責任があるし、騎乗しているときも馬の心身に及ぼす影響に対しても責任があるわ。馬にも心がある。下手な私を乗せてくれていることへの感謝と労いを忘れたらあかんよな。まろ君、いつも私の下手な扶助に耐えてくれてありがとうな。」

まろ君「そう思ってくれてると嬉しいわ。正直、上手くない扶助にいつも耐えてるよ。でもそうやって話を聞く耳を持っていてくれるのといないのとでは、僕らの安心感は全然違うで」

「そうなんや、これから一層勉強してまろ君が安心してリラックスしてくれる騎乗を目指して頑張るわな。」

まろ君「うん、頑張って」

リーンリーンと虫の声が聞こえてくる。

香ばしい様な秋の冷たい風が吹く。

暗くなるのが早くなった。

まろ君の背中を撫でながら、この背中に毎日どれだけの人を乗せてどんな思いで毎日を過ごしているのかなと思う。背中や腰はどれぐらいの痛さなのだろうか。

馬房にいる時、手入れをしている時、まろ君はいつも何かを見ているけれど、何かを思い出したりしているのだろうか。

北海道の草原を走っていた時の楽しかった時を思い出しているのだろうか。

幼くして別れたお母さんのことを思い出しているのだろうか。

広い馬場で自由に思いっきり駆けたいと思っているのだろうか。

翻訳機があればまろ君の本音を聞いてみたい。

タイムマシーンがあればまろ君の誕生から現在までの旅を見てみたい。

 

異常に暑い夏が去り、ようやく過ごしやすい季節になった。

まろ君がこの夏をなんとか乗り切ってくれたことに心から安堵する。

猛暑の日差しにしんどそうに耐える馬たちの顔をみるのは辛かった。

馬たちのしんどうそうな顔を見るのは辛かった。

全ての馬が幸せになれることを祈る。

そして私にできることは何かを真剣に考えて、一つでも実行に移すべしと自分に言う。

馬たちの幸せそうな顔が見たい。

来年の夏は普通の夏であってほしい。

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考えている様で考えていないことが分かった 自分の頭で考える事がすごく大事

あなたは揺るぎない自分というものを確立しているだろうか。

揺るぎない自分はどの様にして確立し得るものだろうか。

揺るぎない自分は、自分としっかりと向き合い、自分なりの思考を深める事で築かれるものだ。

私は自分では物事をしっかりと考えているつもりでいた。

だが、意外としっかりと考えていない事がわかった。

煙の様に、日々の思いや意識や考えは浮かんでは消えていく。

考えるということは、自分の中に生まれたものを捕まえて分解して形にするということだ。

自分の頭の中には、自分なりの深い考察もなしにイメージだけで物事を捉えてしまっている事が実に多い。

世の中の当たり前とされていることを無意識になんの疑問も感じずに信じていたりする。

唯一の正解というものが何事にも存在しているかの様な錯覚に陥り、気がついていなかったりする。

恥ずかしい思い込みの一例だが、容姿端麗で頭脳明晰な人は絵に描いたような幸せな人生を生きていると思っていたが実はそうでもなかったりする。

人の幸せは他人には分からず、人の分だけ幸せの価値観がある。

自分にとっての幸せとは何か、一番大切にしたいものは何か、自分の本当にやりたいことは何か、本当の友達とはどんなものか、友達が多いって本当に喜ばしいことかなどなど、日常の様々な事柄の一つ一つについて自分なりの考えをしっかりと持って生きていきたい。

自分との対話によって導かれた答えは自分の心の芯になる。

人生の選択に迫られたとき、心の芯があれば後悔しない選択ができる。

何が正解かは分からない。いや正解などない。

自分の頭で考えた結果の行動が好ましくない状態になっても、それは失敗とは言わない。重要な学びという経験をしたという事だ。

経験から学べば次に生かされる。人生に無駄はない。

一番良くないのは、失敗を恐れて何もしないという事だ。

何もしないなら失敗はないだろう。

しかし何もしないなら成功もない。

二度とない人生を面白く生きるために、後悔しない様に、今を全力で生きよう。

自分の頭で考えて、自分の人生を自分で決めて生きて行こう。

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馬は大切な大切な友達 まろ君と洗い場での会話編

私は友達のまろ君と洗い場でたくさん喋る。

レッスン後はいつも蹄の手入れを念入りに行い、馬体全体をブラッシングする。

まろ君が会有馬としてデビューするまでは、ブラッシングしてもあまり嫌がらなかったが、会有馬としてデビューしてからはブラッシングを嫌がる様になった。

多分、首をあげて走っているので首・背中・腰が痛いのだと思う。

なので、ブラシを持って首に近づくだけで

「あん?まさか首にブラッシングする気ちゃうやろな?俺はブラッシング嫌やって言ってるやろ!?」と耳を伏せ睨んでくる。

「そ〜っと優しくブラッシングしてるやんか、いつも。優しくブラッシングするからちょっと我慢してな」

「しゃあないな」

 という、毎度恒例の会話をしてからブラッシングにとりかかる。

まろ君の一番嫌なコブができているところにブラシをそっと軽くかける。

「こら!そこは痛いってゆーてるやろ!」と大層ご立腹のまろ君。

「ほな、今度からここは触らんとこか?でもブラッシングせーへんかったらコテコテなるで」

「嫌なもんは嫌やねん」

「そっかぁ」と首のコブのブラッシングをめぐりいつも同じやりとり。

続いてまろ君の嫌いな背中から腰のブラッシング。

左手で優しく撫でながら右手で軽く優しくブラシをかける。

この部分は日によってリアクションが違う。

ある日は「やめろって!」と噛むふりをして怒ってくる。

ある日は尻尾を振り不快感を表明してくる。

正直、こんなに嫌なのだったらブラッシングはしないほうがよいのかとも思うが、思案中だ。タオルや手でなぞる時は怒らないのだが、ブラシを使うと必ずと言っていいほど怒ってくる。マイクロファイバーのタオルでブラシがわりにしようか。

タオルや手で触られるのは痛くないのだろうか。ブラシを使われることに想起される嫌な出来事があったのか。

一年前は手入れ中もっとリラックスしていてくれていた様に思うが、最近は怒ることが多い様な気がする。まろ君も毎日のお仕事の中で嫌な思いを我慢しているんだろうか。

せめて私といる時ぐらいは安心して和んでいて欲しいと思うのだが、何か良い方法はないだろうか。手入れの方法を考えないといけない。

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乗馬の楽しみの真髄はこれだ!と気づいたの巻

昨日の記事を読んでくださった方、昨日は記事が途中になってしまい申し訳ありませんでした。続きを加筆しましたのでよろしければご覧くださいませ。

 

乗馬の楽しみの真髄は、馬とお話しすることだ。

馬はいろんなお話をしてくれる。馬のお話を聞こうとしなければ、乱暴な言い方だが馬はただの乗り物になってしまう。それではなんとも味気ない。

馬とお話しすることで会話が生まれる。馬と触れ合うことは、人間関係を築いていくのと同じと言っても差し支えないだろう。

扱う言語が違うだけだ。心の耳をすませば馬は実に多くのことを表現している。

その言葉の一つ一つを拾い集めるのはとても楽しい。話しかけたときに見せてくれる反応も楽しい。

いつも触れ合う仔は私の友達。下手な私の騎乗を我慢してくれている愛しい友達に感謝と労いを送りたい。

そんな愛しい友達には、私といるときにいつも幸せでいて欲しい

騎乗しているときも洗い場にいるときも曳馬のときもずっと幸せでいて欲しい。

馬も人もリラックスして寛いで安心して幸せでいられる乗馬を実現したい。そのためにもっと勉強して経験を積んで行きたい。

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